西洋との比較

 日本刀の本質を考える場合、西洋と比較すれば分かりやすいのではないでしょうか。剣の文化は日本に留まらず、世界各地で認められるものです。西洋でも剣の歴史は長く、形状も日本刀と共通している点があります。つまり細長い刃物である点です。しかし武器としての実用性、芸術性、文化的背景を比較すると、大きな違いがあることが分かります。実用面に着目すると、日本刀の目的は切り裂くことにあります。ですから切れなければそれは刀ではないのです。結果的に鋭利であることが求められ、刀身は薄く造られることになります。他方、西洋の剣の目的は斬ることにありません。どちらかと言えば叩く、突き通すのが用途です。ですから振り下ろしたり突き刺したりするのに適した形状であることが求められ、刀身は厚くなるように造られますし、刃こぼれが直されることもありません。
 このように比較すると、日本刀の文化はやはり独特であると言えます。その独特の文化的背景から生まれたものの一つが剣術でした。今ではそれほど身近なものではありませんが、江戸時代には数百に上る流派が鎬を削っていました。大別すると、神道流、陰流、念流がありました。神道流とは天真正伝香取神道流の略で、有名な剣客を輩出した流派として知られています。陰流は日向国で参籠していた人物によって開かれた流派で、そのきっかけは神の啓示だったと言われています。有名な剣豪を輩出するばかりでなく、多くの流派を生み出しています。念流は念阿弥が開いた流派です。こちらも幾つかの流派を生み出しています。
 剣術の中身については触れませんが、居合術はその中でも注目すべきものでしょう。大名達をも魅了した居合は剣術の中でも別格だと言えます。

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